子どもの創作意欲 -TOKIWArt-

アートディレクター、クリエイティブディレクター、アートデザイナー。仕事でお付き合いさせていただく方の名刺にはいろんな肩書きがあって、中にはクリエイティブアートデザインディレクター、なんて方も。親しいお相手だったりすると「すごい肩書きですね、全部盛りw」「すごそうでしょww」なんて会話をしたりもします。
fushimi_inari07photo by TOKIWA
デザインとアートの違い。それは感覚的に厳密なようでいて、じつは曖昧。そもそも感覚なんて個人で違うし。でも、仕事で知り合う方たちは「僕はデザイナーであってアーティストではないです」とおっしゃる方が多い。その理由も、感覚的によくわかります。

Artというと、まぁ一般的には、内面の感情や感覚を、誰かの目や商業的成功などを意識することなく、アーティスト自らの意志で表現すること。あくまで主観的であり、だからその作品を見たときにいいと思う人もいればなんだこれ?と思われることもある。それでいい、だってアートだから。でも、その表現方法もアーティストによって千差万別であり、じつはランダムに見える作品の裏に緻密な計算や試行錯誤が隠されていて、それこそが作品の質を高めているということも多々あるわけで。本物のアートというのは、そういう風にして完成度を高めたものだけを指す、と思ったりもします。

DSC0190 DSC0185photo by TOKIWA
私個人は、アート=実際の生活に取り入れられるもの。生活の必需品ではないけれど、あれば心を豊かにしてくれるもの、と捉えています。たとえば美しく盛り付けられたフレンチの一皿はアートだと思うし、錫や陶器やガラスの美しいお猪口だってアートだと思う。厳密にいえば、料理やお猪口は消費者の心を動かして「売れる」ことが重要だから、そういう意味では商業化がなされていて、つまりアートよりデザインに近いのかもしれないけど。言葉の定義はさておき、「私が好きなアート」とは、飾りたくならないような奇抜な絵や意味不明なインスタレーションなどではなく、たとえば美術館で見る有名画家の絵画だとしても、「これ、家に飾りたい」と妄想してしまうような作品です。

わが家に実際に存在するアートは、Joseph Beuysの作品。そのボイスと並んで飾ってあるSHIgeの作品も、立派なアート。商業的には何の評価も得ていませんが、わが家になじんでいて、ボイスの作品にも全く負けてはいません。部屋に飾ってあるトッキーの写真と絵も、アート。これまた商業的には(以下同文)。キャンプ場で、パパの一眼レフを首からさげて(小さかったのでカメラを目線まで抱え上げるだけでもそれはそれは重そうでしたw)、自分の好きなモノを集中して撮っていました。その製作風景も含めてわが家にとっては「TOKIWArt」です。

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小さい頃から工作が大好きなトッキー。何を作るのか完成するまでわかりませんが、本人には確固たるイメージが見えているようで、そこに向けて黙々と作業に集中する姿はちびっこいアーティストだなぁと思います。きっと、小さい子どもがいる家庭は、ある時期、たいていの親がそんな風に感じるのかもしれません。子どもたちって枠組みのようなものがまだなくて、いろいろ自由ですから。
wood_block04 block02インスタレーション?
子どもがアート作品をつくったら、思いっきり褒めて、飾ってあげたい。額装したりトリミングしたりして完成度を高めたり、内装との整合性を取ってもいいと思います。子どもの創作意欲は、そうすることでさらに広がっていくと思うのです。
tokiwart004 tokky-go-round02赤ちゃんの頃にも吊して遊んだね。

最後に、キャンプ場でトッキーが撮った写真。好きです。
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Veronica

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